東京地方裁判所 昭和24年(ワ)2695号 判決
原告 細野英雄 外一名
被告 国 外一名
一、主 文
原告等の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、被告等は各自原告両名各自に対し金四十万円及びこれに対する昭和二十四年九月十一日以降完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、原告細野ヨシは同英雄の妻であり原告等の長男細野一雄は昭和二十一年八月進駐軍付電気工として傭われ進駐軍の接收にかかる東京都千代田区有楽町所在三信ビル工務課に勤務していた者であるが、昭和二十二年九月一日同ビルの管理事務室のある一階第一三一号室東側窓の鎧戸が捲上げられたまま降下しなくなつた。元来この鎧戸(鉄製)の開閉方法は先ず下部に装置してあるギヤーボツクスのカバーに取付けられた押釦を押せば電源からベビースヰツチを経て上部鎧戸シヤツターボツクス内のリミツトスウイツチに至り、更に電動機に通ずる電気の回路が作られ、電動機の回転と共に鎧戸は徐々に捲き上げられるが、その捲き上げ終る直前、鎧戸の下部に取付けられた長さ約五寸幅約二寸の鉄板が前示リミツトスウイツチの下方に突出ている長さ約四寸の真鍮製丸棒を押上げることとなりスプリングの作用により自動的に回路が遮断され、電動機が停止する。又鎧戸を降下させるには電力によらない。ギヤーボツクスのカバーに取付けられている把手の操作によりギヤー留がギヤーから外れて鎧戸自身の重みにより徐々に降下する仕掛となつている。ところで上敍の如く鎧戸が捲上げられたまま降下しなくなつたので、同日午後五時五十分頃、一雄は右管理事務室からの要求によりその故障を修理するに際し、捲上機下方のスチームパイプに腰を当て長さ約一米の鉄製パイプで鎧戸の故障箇所をこぢていたところ、偶々上部のシヤツターボツクス内にあるリミツトスウイツチの安全カバーが外れていたため、鎧戸の電気回路を流れる二百ボルトの電流が前示鉄製パイプを通じて同人の身体に感電し傷害を受け同日午後六時二十分右感電のため死亡した。本件ビルは進駐軍の接收通知にもとずき、被告国がその所有者から借受けて進駐軍の使用に供するとともに被告梅田を管理人に選任し、その管理に当らせていたものであり、右一雄の感電による傷害及び死亡の結果は上敍のとおり本件鎧戸が故障したまま放置され、しかもその内のリミツトスウイツチの安全カバーが外れていたことに基因し、結局右鎧戸並びに電気装置の保存に瑕疵があつたために惹起したものであるから、本件ビルの借主である被告国及びその管理人である被告梅田はそれぞれその占有者として右傷害及び死亡の結果により生じた有形無形の損害を賠償する責を免れない。仮に右の主張が理由がないとしても、右鎧戸は従前からその鎧戸自体又は捲上機の故障により屡々降下しないことがあり、その都度勤務中の職工が鉄製パイプを使用し捲上機ギヤー又は鎧戸をこぢて降下させ、以前そのために職工上橋良一が感電したこともあるのであつて、被告国は本件ビルの管理者として、又被告梅田は事実上管理の衝に当る管理人として(殊に被告梅田は右事実を熟知していたのであるから)前示鎧戸降下の障害となる故障を修理し置き、且つリミツトスウイツチに安全カバーを取付けて電気装置の安全を確保しなければ鎧戸の修理に当る職工がその電気回路を流れる二百ボルトの電流に感電死亡するが如き事故発生のあるべきことを知り得べきものであつたのに拘らず、不注意のため右事故発生を予測せず鎧戸の故障を修理せず、且つリミツトスウイツチの安全カバーの外れたままに放置していたため、前示感電による傷害及び死亡をひき起したものであるから、右傷害及び死亡は被告等の過失にもとずくものであり、従つて各被告はそれぞれ不法行為者として右死亡により生じた損害を賠償するの責に任ずべく、又被告国は直接管理者としての責がないとしても被告梅田の使用者として、同被告が本件ビルの管理事務の執行においてその責に帰すべき事由により、右損害及び死亡のため一雄並びに原告等にあたえた損害を賠償する義務を免れぬところ、一雄は昭和三年十月二十五日出生し昭和二十一年三月東京芝浦高等工業学校を卒業後進駐軍傭人として勤務し、本件事故発生当時の月收は二千百円以上であり、その内毎月五百円を除く分は原告等の生活費に充てられ、原告等において一雄を一家の中枢としてその将来を期待していたのであるから、同人の死亡によつて原告両名の受けた精神的損害に対する慰藉料の額は金三十万円宛が相当であり、一雄は前示感電による傷害の結果その精神的損害に対する慰藉料請求権を取得したのであるが、同人の死亡に伴い原告両名は一雄の遺産を共同で相続し、以て右請求権を承継取得したからその内慰藉料として金十万円宛を請求すべく、原告両名各自は被告等各自に対し以上合計金四十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十四年九月十一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める次第であると述べ、被告国の抗弁事実を否認した。<立証省略>
被告国指定代理人及び被告梅田は、原告等の請求を棄却するとの判決を求め、原告等の主張事実中、原告等の長男一雄がその主張の頃から進駐軍付電気工として三信ビル工務課に勤務していたこと、本件鎧戸の構造及び操作が原告主張どおりであること。原告主張の日時に本件鎧戸が降下しなくなり一雄がこれを降下させるべく作業中原告主張のような経過から右鎧戸の電気回路の電流に感電し、そのために死亡したこと、本件ビルは進駐軍からの接收通知に基き被告国がその所有者から借受けて進駐軍の使用に供し、被告梅田を管理人に選任してその管理に当らせていること、本件事故発生前上橋良一が本件鎧戸の降下作業中に感電したことがあること、一雄の生年月日経歴身分関係及び月收が原告等主張のとおりである(当時月收二千三百十一円)ことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。本件事故発生当時本件鎧戸及び捲上機には何等の故障もなく何かの調子で鎧戸に僅かのひつかかりを生じたため降下しなくなつたものであるが、仮に右鎧戸の故障その他本件ビルの電気装置の保存に瑕疵があつたとしても、右ビルは訴外三信建物株式会社の所有にかかり、昭和二十年九月十四日頃被告国において進駐軍から接收通告を受け同月十六日付の契約にもとずき右会社からこれを借受けて進駐軍に引渡し、爾来専ら進駐軍が占有を続けていたもので、被告梅田は進駐軍労務者の一員として進駐軍の指揮監督の下に本件ビルの管理事務に従事していたにとゞまり、被告両名とも本件ビルの占有者ではないからその保存の瑕疵に基く損害に対して賠償義務を負う理由はない。また被告国は上述のように本件ビルの管理権限がないので管理者ではないし、被告梅田は日頃から鎧戸の修理点検にあたる者に対し、鎧戸の降下しない場合は先ず手捲把手で鎧戸を軽く捲上げて降下させること、鎧戸の工事に際しては必ずベビースウイツチを切つて電流を遮断し、前示リミツトスウイツチの異常の有無を確め、かつ作業服を着用して作業にとりかゝること等一般的な注意を与え、特に一雄に対しては、昭和五年本件ビルの創設以来鎧戸の工事を担当している中村竹次郎をして同様の指示を与えさせてあり、他面本件ビルの鎧戸については昭和十八年十一月頃館内の全装置に関する大修理を了したほか進駐軍の接收後(その修理等一切は進駐軍の命令乃至許可を要する)も随時必要な小修理を続けるかたわら昭和二十二年七月進駐軍に対し念のため全装置の修理調整をなさんと申出たところ、格別の故障もない上予算の都合があつて進駐軍の許可が得られなかつた。かくの如く被告梅田はできる限り鎧戸の故障の修理等鎧戸に関する工事の際の感電の危険防止に努めたにかゝわらず、一雄は本件作業において前示各注意事項に反し、ベビースウイツチを切ることなく、またリミツトスウイツチの異常の有無を確めず、ために容易に取付け得る安全カバーを外れたままに放置し、しかも発汗した半裸体のまま鉄製パイプを使用して鎧戸をこぢたためその電気回路を流れる少量の電流に感電し、しかもその影響が大きく、剰え同人の特異体質の故に死亡の結果を将来したにとどまるから、被告梅田において前示一雄の感電による傷害及び死亡の結果に対し過失の責に任ずる理由はないと述べ、被告国の抗弁として仮に右過失の責を免れぬとしても、被告梅田は前示三信建物株式会社代表取締役であつたところ、被告国は進駐軍の本件ビル接收にあたりその調達要求(所謂PD)に基き進駐軍労務者の一員として、最適任者である被告梅田を本件ビルの管理人に選任したのであつて、被告国は右選任につき相当の注意をなしたものであり、爾後同人の管理事務執行の監督は専ら進駐軍のなすところで被告国にその監督の権限はないのであるから、被告梅田の過失により一雄及び原告等の蒙つた損害について被告国が使用者として賠償義務を負う何等の理由もない、と述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず、原告等の長男細野一雄が昭和二十一年三月東京芝浦高等工業学校卒業後同年八月進駐軍付電気工として傭われ、進駐軍の接收にかかる東京都千代田区有楽町所在三信ビルに勤務していたところ、同ビルの管理事務室のある一階第一三一号室東側窓の鎧戸が捲上げられたまま降下しなくなつたので、昭和二十二年九月一日午後五時五十分頃、右事務室からの要求により一雄が右鎧戸を降下させるべくその捲上機下方のスチームパイプに腰を当て長さ約一米の鉄製パイプで鎧戸をこぢていたところ、偶々上部のシヤツターボツクス内にあるリミツトスウイツチの安全カバーが外れていたため、右鎧戸の電気回路を流れる二百ボルトの電流が前示鉄製パイプを通じて同人の身体に感電し傷害を受け、同日午後六時二十分右感電のため死亡したこと、前示鎧戸の構造及び操作が原告主張どおりであること、本件ビルは進駐軍の接收通知にもとずき被告国がその所有者からこれを借受けて進駐軍の使用に供し、被告梅田を管理人に選任してその管理に当らせていたこと、は当事者間に争のないところである。そこで本件事故発生当時被告等が本件ビルに関し民法第七百十七条にゆう占有者たる地位にあつたかどうかにつき考案するに同条の趣旨とするところが、当該工作物を現実に支配又は管理し、その設置乃至保存に瑕疵ある場合に何等か独自の権限にもとずいてその瑕疵を修補し得る者又は修補すべき地位にある者をして、その瑕疵に因つて生じた損害につき第一次の不法行為責任を負担させることにあることは同条第一項但書の規定に照らし疑ないところであり、したがつて同条にゆう占有者とは上敍のような関係において工作物を支配又は管理する者に限られるものと解すべきところ、上敍事実からすれば、本件ビルは進駐軍により所謂接收され進駐軍において使用していたもので被告国は単に形式的手続的に本件ビルの所有者に対する関係において借主となるにとゞまり、事実上これを所持し使用する関係になかつたことを容易に窺知し得るところであり、更に証人斎藤武久、佐藤辰治(第一、二回)の各証言、谷森進之助の証言の一部を綜合すれば、前示接收後本件ビルに関する修理工事のすべてが進駐軍の命令監督の下に進駐軍要員の手によつて行われ、修理の要否及びその結果使用材料、所要時間等の詳細な点にまで進駐軍の指揮監督が及んでいたものと認められるので、本件ビルに関し被告国を民法第七百十七条にゆう占有者と解し得ないのは勿論、被告梅田は単に進駐軍の命令監督の下に本件ビルの管理事務の実施を担当していたに過ぎぬものと推認すべく、これをもつて前示法条にいわゆる占有者とは到底解し得ないから、被告等が本件ビルに関し民法第七百十七条にゆう占有者であることを前提とする原告等の請求は、爾余の点の判断を俟つまでもなく既にこの点で失当を免れない。
又上敍認定の事実からすれば被告国は本件ビルにつき管理権のないことも明かであり、従つて、同被告が管理者であることを前提とする同被告に対する原告の請求も失当である。
次に被告梅田については同被告を占有者と目し得ないことは既に説示した通りであるが、同被告が進駐軍の命令指揮の下に管理事務を処理していたことは上敍の通りであるから、その事務処理のため必要な注意を怠つたかどうかを考えると証人佐藤幸夫、石田菊太郎の各証言谷森進之助の証言の一部を綜合すれば前示進駐軍接收の後本件事故発生迄の間に本件鎧戸の降下しなくなつたことが三回位はあつたものと認められるが、本件事故発生前鎧戸並びにその電気装置に故障のあつたことはこれを認め得る証拠がなく、却つて証人斎藤武久、佐藤辰治(第二回)の各証言によれば、本件事故発生直後進駐軍及び専門店の検査の結果、それぞれ本件鎧戸には格別故障箇所がないとの結論に達し、その後別段事故の発生もなかつたことが認められるから上敍鎧戸の構造及び操作と併せ考え右鎧戸は何等か操作上の調子で降下しなくなつたに過ぎないものと推知できるので被告梅田が管理事務処理に際り予め存在した故障を不注意により修理の手続をしなかつたとゆう事実は存在しない(この点仮に予め故障があつたとしても一雄はその職務上修理のため現場に赴いたのであるから、その修理に先立ち修理をして置くべきであるとゆう原告の主張は当を得たものとは云えない)のみならず証人森田桂歩、上橋良一、谷森進之助の各証言の一部、証人斎藤武久、佐藤辰治(第一回)、中村竹次郎、佐藤幸夫、石田菊太郎の各証言を綜合すれば、本件のように鎧戸の降下しなくなつた場合にその降下作業にあたるのは本件ビル勤務の電気工及び機械工であつて、同人等は従来鉄製パイプを使用して鎧戸をこぢる方法をとることが稀でなく、そのため本件事故発生前にも職工上橋良一が本件鎧戸の降下作業中に感電したことがあるのである(この感電の事実は当事者間に争がない)が、これ等の職工に対しては、管理人被告梅田の指示にもとずき、昭和五年本件ビル創設以来電気係をつとめ当時電気主任の地位にあつた佐藤辰治同じく昭和五年以来同所にボイラーマンとして勤務し、鎧戸の機械関係の仕事を継続して来た中村竹次郎等が、一般に電気装置についての工事をするときは必ず衣類を身につけ、靴又は草履を履いた上スウイツチを切つてからとりかゝるべきものであること、鎧戸の降下作業に際しては必ず先ずベビースウイツチを切つてその電気回路内の電流を遮断し、シヤツターボツクスの内部に装置してあるリミツトスウイツチの異常の有無を確認し、万一の危険防止のためその安全カバーの外れているときは必ずカバーを取付け、然る後手捲把手で鎧戸を十分に捲上げた後歯止を外して降下させるべく、なお降下せぬときはシヤツターボツクスを開いてワイヤーのひつかかりとか切断等の故障の有無を確むべきこと等危険防止に必要な種々の注意を与え、一雄に対しても前示佐藤、中村等が同趣旨の注意を与えていたものであること、一雄は本件降下作業に際し同行の機械工森田桂歩に対してスウイツチが切つてないので危険である旨注意を与え、自らは当時本件鎧戸脇で給与計算事務に従事中の斎藤武久からスウイツチを切つてから作業にとりかゝるよう注意を与えられたにかゝわらず、上半身裸体に木綿ズボンをまくり上げた恰好で素足のまま、前示ベビースウイツチを切ることなく、またリミツトスウイツチの異常の有無を確めず安全カバーが外れてシヤツターボツクス内に放置してあつたのをその儘にして、上敍のように鉄製パイプを用いて作業にかゝりリミツトスウイツチの装置してあるシヤツターボツクス中央部をこぢたところリミツトスウイツチに電流が通じていたため右リミツトスウイツチ鎧戸及び鉄製パイプを通じて同人の身体に感電し上敍のように傷害並びに死亡の結果を招いたものと認めることができ、証人森田桂歩、谷森進之助の証言中右認定に反する部分は前示各証言に照らし措信できないし、他に上敍認定を覆すに足る証拠はない。以上の事実から一雄の感電による傷害及び死亡に関する被告梅田の過失の有無について考案するに、一雄は電気工として職務上鎧戸その他本件ビル内部の電気装置の修理調整等を日常担当していたのであるから、当該装置の故障の有無及び程度の如何にかゝわらず、右仕事にはその性質上常に或程度の危険発生の可能性の随伴することは避けられぬところであり、電気装置を伴う鎧戸の故障修理に際してはスウイツチを切り如何なる点に故障があるのか調査した上で、修理にとりかかるのが当然なことであるから、リミツトスウイツチの安全カバーが外れていたことは上述の通りではあるけれども、右安全カバーを外れたままにしてあつたからとてその一事だけで被告梅田に本件事故発生について過失の責があるとは断じ難く、しかも上敍のように、被告梅田において前示の如く相当年数の経験ある係員をして一雄等職工に対し常々前示仕事に伴う危険をできる限り防止するに必要な具体的方法を教授し注意させている以上、一雄を本件作業に従事させるにあたり被告梅田は本件ビルの管理事務取扱者として自らなすべき注意義務を一応尽したものとゆうべく、従つて前示一雄の傷害及び死亡の結果に対し、被告梅田に過失の責があるものとは到底断定することができない。
されば被告国も又本件事故に関し被告梅田の使用者として不法行為の責に任ずる理由はなく、被告梅田の過失の存在を前提とする原告等の請求も理由がないことは明かである。
よつて原告等の請求はいずれもこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 小堀勇 井口牧郎)